3:物の怪・霊感編 ワタスゲ

(1)鬼怒沼湿原の一夜

 あれは1994年7月3日のことである。八王子を5時に出発し、浅草から鬼怒川、そして女夫淵温泉へ
向かった。昼過ぎに女夫淵温泉を出発し、加仁湯、日光沢温泉を通り過ぎてオロオソロシの滝展望台
に着いたのが午後2時過ぎ。そこで下山する2人連れに出会った。「もう上には誰もいないと思います
よ。これからお一人で登られるのですか?」「そうです!」「え〜っ!! 気を付けて下さいよ。」という簡
単な会話を交えた後、すぐに奥鬼怒湿原に向かった。もう人はいない。明るいうちに湿原に着かないと
フル装備とはいえ、初めての山道は厳しいのが常だ。急ごう。
そして4時頃、湿原に到着!青い空、白い雲。ふわっとしたワタスゲの間の木道を歩きつつ、頬をなでる
さわやかな風を感じて、この世の美しきものをすべて独占したかのような気分にしばし浸っていた。
さて、のんびりする間もなく野営の場所を探さなければならない。一応テントは持っていたが、地図に避
難小屋が示されていたのでそこを取りあえず利用することにした。しかし、なかなか小屋が見つからない
ので、来た道をバックしてもう一度探すことにした。小屋は林の中にひっそりと建っていた。どうやら電力
会社の業務用の小屋で、窓はなく広さは3畳位だろうか、壁の内側に幅の狭いベンチが付けられてい
た。荷物を解いて食事の準備にとりかかった。ガスコンロのブーッという音に、何か心強いものを感じつ
つ、レトルト食品で夕食を済ませた。熱いお茶を飲みながら見る夕焼け空は格別であった。ふと木の枝
を見ればモズがこちらを覗いている。「おまえがここの番人か?悪いな。一晩泊めてくれ。」
ところがこの後、嵐がやって来たのである。強い風の中、外に出て様子をみれば、尾瀬上空を低い雨雲
が、すごい勢いで流れて行く。雨も降ってきた。たまらず小屋に入ってみるが、風が鉄の扉をガタガタ揺
らす。寝袋に潜り込んで「明日の天気は大丈夫だろうか?道は倒木で寸断されていないだろうか?」と
考えているうちに、朝が早く疲れていたせいか、いつの間にか眠り込んでしまった。どのくらい経ったろう
か。ふと気がつくと、もの音ひとつ聞こえない静かな夜になっていた。幅の狭いベンチでは寝返りをうつ
のも大変。ヨッコラショと向きを変えて、また、ウトッとしたときであった。「トントン」とドアをノックする音が
聞こえた。こんな夜遅くに、嵐を乗り越えて誰かやって来たのかと思い、寝袋から出て、まだ寝ぼけてフ
ラフラする体を引きずるようにしてドアの鍵を開けようとした・・・が・・・・ドアの下部にある換気用スリット
(ドアの前のすぐ下だけ見える)からライトを照らしてみても、登山者の足は見えない・・・・・でも、多分、
人がいるのだろうと思ってドアを開けてみると・・・・・・誰もいない!?「オットーッ!」すぐドアの鍵を閉
め、「多分風のせいだったんだろう。」と思いつつ、また、寝袋に入っていると・・・「トントン」と確かにドア
をたたく音がする。「こりゃ、タヌキか鹿でも、食い物の臭いを嗅ぎつけてやって来たのだろう。」と考えた
が、とにかくもう一度ドアを開けてみると・・・・やはり誰もいない。また、すぐにドアを閉め、ステッキをいざ
というときの武器にするため枕元に置く。とにかく窓がないブロック造りの小屋なので外を確かめることが
出来ない。・・・また、「トントン」と鳴った。「こりゃ、死神でもやって来たのかな。いいや、とことんつき合っ
てやる。どうせ一人でヒマだ。将棋でも指して勝負してやるぜ。」と完全に居直ってみたものの、コンク
リートブロック一つを挟んだ外側に何かの気配を感じるのであった。
「何かいる・・・映画のプレデターみたいなやつがいたらどうしよう。」急に弱気になってしまった。幸いにも
その後、ドアが鳴ることはなかった。いやな気配も去ったので、やっと眠ることができたのである。朝はす
がすがしかった。「昨夜の体験は一体なんだったのだろう?」と思いつつ、主のモズの声を聞きながら尾
瀬沼方面へ出発する支度を急いだ。

(2)今熊山のキャンプファイアー

(1)
 不思議なこともある。16,7歳の頃、夏休みにいつもの友人たちと八王子の山奥・今熊山へキャンプに
出かけた。今は砂利で埋まっているが、当時は金剛の滝の下流にある堰堤には青い水が満々と湛えら
れており、その付近の砂州はキャンプをするにはもってこいの場所であった。夕方になって、食事の準備
のためにかき集めた薪に火を付けた。あれこれ忙しい夕食を終え、しばし暗い谷間のから曇った空を見
上げる。夜の帳が降りてくる。突然、「あっ、人魂だ!」と友人が叫ぶ。周期的に青白く点滅する光が水辺
から空へ舞い上がる。一瞬ビビる・・・・・「蛍じゃねーか?」「初めて見た!」・・・・・3人とも、まだ、蛍を見
たことがなかった。恐怖(?)が驚き(?)へ、そしてうれしさに変わる。人間とは勝手なもんだ。
で、また、しばらく夜の静寂を楽しむ。そろそろ寝ようかと言う頃、キャンプファイアーの火が何かチラチラ
動くのを見た。小さな火が横に小刻みに動く。心に何か感じた。「おい、何か悪いことが起こったぞ!」と
私が言うと、友人2人は「何馬鹿なことをいってんだ。」と相手をしない。この晩はそのまま寝た。
翌日、家に帰ってみると、友人2人の隣人(電話のボタンで言うと、2と7が友人の家、4の家の方)が亡く
なっていたのである。この話は今も母が覚えていてくれる。

(2)
 (1)の話から1年後、またまた、同じ場所へ今度は女の子も数人混じって7,8人でキャンプにやってき
た。八王子の「公衆市場」(今はない)にあるスポーツ用品店からテント2張りを借りた。バスに乗って重
たいテント(当時は布製)や骨(当時は鉄骨製)をかついでやっと到着。さて、いざ組み立てんと思ったら、
なんと、テントの皮(布)が1組ない!4つの運搬袋のうち3つが骨であった。(後で店のオヤジに返金さ
せた。)さて、どうしたものかと考え、とりあえず骨を組み立て、大きい方の一つは完成。もう一つは骨に
今で言う、レジャーシートをかぶせ荷物置き場にした。結果、初めて男女一緒にテントに寝ることになる。
ちょとドキドキしながらも、周辺で遊んだ。金剛の滝を見に行ったり、堰堤で泳いだり・・・いい調子で泳い
でいたらヘビが水面をクネクネ泳いできたので、慌てて水から飛び出たり・・・楽しいひとときを過ごした。
夕食をわいわい作って食べ、何だかんだ話しているうちに夜になった。どういう風に寝たのかは覚えてな
いがとにかく、何かあったらすぐ行動できるように出入り口のすぐ側にいたことは確かである。疲れ切って
いたので、皆あっというまに眠り込んでしまった。
・・・・・夜中、サッ、サッという足音で目が覚めた。もう一人のメンバーも同時に目を覚ましていた。
「おい、今外で足音がしなかったか?」「お前も聞いたか。」という小声の会話を交わしたが、また、しば
らくすると、今度はテントの周りをまわっている!サッ、サッ・・・・・動物の足音なのか、それとも・・・・・
動物がこんな足音を立てて歩き回るほどドジな訳はない・・・・・我々以外の人間がいるのか・・・・・
人間がこんな夜中にいる訳はない・・・・・とすれば・・・・・
二人で外を怖々、そーっとテントの隙間から覗いてみた・・・・・何も見えない。真っ暗闇。
他の連中はぐーぐー眠っている。「御気楽な連中だな。」と思いつつも、しばらくじーっとして様子を窺っ
ているうちに、音はしなくなった。「狸だったかもしれねーな。」などと言いつつ、また、眠ってしまった。
朝、皆は何事もなかったように目覚めた。夜の出来事を話しても真剣味がない。また、楽しい一日がはじ
まった。
ということで、つまらない話(?)を終えよう。


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