雲取山の話

 雲取山は東京の一番奥に位置する、標高2017Mの堂々たる山である。深田久弥の日本100名山にも選ばれている
が、何と言っても東京に2000Mを越える山があるというのがうれしい。日本全国でも2000Mを越える山がある県はそう
多くない。その懐に広がるブナ林、美しい渓流、素晴らしい眺め、そして、個性ある山小屋のオヤジ達・・・魅力の尽き
ない山でもある。私の目標は日本100名山をそれぞれ1回こっきりずつ登ることにはなく、この雲取山を100回以上登ろ
うというものだ。仕事で行くことも含めて1年に最低でも1回は行くので、もう20回くらいは登っていよう。春夏秋冬、それ
ぞれに楽しむことができる大好きな山なのだ。


                             1:メシを食え!

 初めて雲取山に登ったのは高校生ぐらいの歳だった。友人たちと鴨沢までバスで行ったが、何せ金もなく日帰り登山
であったから、弁当と水とお菓子が詰めてあるリュックを背負って、そこから走るようにして山道を登って行った。いい天
気だった。ブナ坂を過ぎ、小雲取山を越えたあたりで、雲取山頂が見えてきた。ところが、山頂を目前にして急に動けな
くなってしまったのである。友人達も同様である。「何だ、高山病にでもかかったか?」と話したりしたが、とにかくひと休
みすることにした。休んでから立ち上がったがやはり体が動かない。「何か変だな。」と思ってはみたもののどうしょうも
ない。「いいや。ここで昼飯にしよう!」ということで、友人達と弁当をひろげて、母に作ってもらったニギリメシを一口ほお
ばってみたら・・・・あらあら不思議。急に元気が湧いて来るではないか!消化するのしないのと言う前に、とりあえず胃
袋に何か食べ物が落っこちて行くことが重要だった。他の友人達も同じであった。「やっぱり山頂で飯にしようぜ。」という
ことで、その場を片づけ、すぐに山頂目指して出発した。なんと足の軽いこと。あっという間に山頂に到着。景色を楽しみ
ながら楽しい昼食になったのは言うまでもない。
この時以来、「動けなくなったら、取りあえず何か(かみさんにつくってもらう昆布のニギリメシが一番)食う!」ことにして
いる。

                             2:確実が一番

 1の話の翌年、5月の連休に雲取山頂を今度は三条の湯から、また同じ仲間で目指した。バスを「御祭」で降り、三条
の湯に向かって林道をのこのこ歩いていたら、運良く大型トラックが通りかかった。そこはヒッチハイクの名人の私、早速
運転手さんに話をつけ、荷台に乗せてもらうことにした。荷台の床にはあちこちに大きな穴が開いていたし、揺れるわ跳
ねるわで大変だったが、大幅に時間を短縮することが出来た。
三条の湯で一休みした後、いよいよ出発。青岩鍾乳洞(きれいな鍾乳洞。三条の湯で見学を申し込む必要あり)への分
岐を通り越してしばらく行くと、何やら白いものが現れた・・・「雪だ!」・・・ということで、一応覚悟して登ることにした。三
条ダルミにようやく着いたときには、積雪は40Cm位であった。山頂まではあとひと登りだが、降りてきた登山者に聞くと
山頂は1M位の積雪との話。皆と相談した結果、山頂へは行かずに、地図に出ているブナ坂までの巻き道(このコースは
現在、明瞭ではない)を行くことにした。このコースならば三条ダルミとほぼ同じ高度であるから積雪もたいしたことはな
いだろうし、第一、登らなくてよいのだから体力も温存できるだろうと考えたのである。5月の連休にこんなに雪があろう
とは思ってもいなかった。さて、来るべきラッセルに備えてここ三条ダルミでメシを食うことにした。ところが、ガスコンロの
火がチョロチョロなのである。気温が低くてうまく気化しないようである。これも初めての経験であった。ボンベを手で暖め
たり、タオルをグルグル巻いたりして何とかお茶の一杯くらいは皆で飲めるように頑張った。
いよいよブナ坂目指して出発。最初は調子よく進んだが、暫く進むと雪の深さが腰くらいになってしまった。人が通ってな
いので道もよく分からない。皆で交代交代先頭をつとめ、相当時間がかかったがなんとかブナ坂にたどり着くことができ
たのである。「失敗したな。三条ダルミからそのまま山頂を目指せばよかった。その方が、雪も踏み固めてあって、道を
探すのも苦労しなかったはずだ。40Cmの積雪も斜めに測れば腰位になっちゃうんじゃないの(おっと数学的だ〜)。」と
いうのが結論であった。これ以来、山は確実なルートを選ぶようになった。
ちなみに、この後鴨沢に下ったが、雪解けのどろんこ道に、またもや難儀させられた。

              3:あの日すれ違った人達は?

 1994年2月11日晴れ。雪景色が見たくて雲取山に登った。朝6時半頃、鴨沢の駐車場に到着。白い息を吐きながら
山頂を目指す。今回は単独登山である。うっすらと雪が積もった山道。まだ、足跡がない。「俺が一番だ!」と訳も分か
らないことを考えつつ「ズッ、ズッ」と雪を踏みしめる音を立てながらひたすら登る。万が一に備えてアイゼン等も含めた
フル装備なので荷が重い。ようやく山頂に着いたときは11時になっていた。積雪は20Cm、気温-5℃。素晴らしい眺め
であった。関東平野はもちろん、遠く北アルプスまで見える。昼メシを食べたりして、のんびり過ごしていたが、ラジオを
聞くと予想よりも早い低気圧の接近を知らせていた。雲取山荘に泊まろうかとも思っていたが、急きょ、下山することに
した。下山途中、登って来る人たちに山頂の積雪の様子等を何度か聞かれたが、私があまりの重装備だったためか、
半分ひやかし気味に「重たそうな靴ですね。ウェアも完全に冬用のものですね。」と言う人もいれば、「こんないい天気
なのに下山しちゃうんですか。もったいない。」と言う人もいた。そういう彼らの足下を見れば、軽登山靴の人がほとん
どで、中には運動靴の人もいる。「低気圧が近づいていますよ。気を付けて下さい。」とすれ違う人に何度も言って、
やっと鴨沢にもどったのが3時半。そのまま、車で急いで帰宅した。
案の定、夜から大雪になってしまった。八王子あたりでも数十センチメートル積もったのだから、雲取山あたりは相当
すごかったのではないか。この時の吹雪で雲取山周辺では、数多くの登山者が怪我や凍傷を負った。また、行方不
明になった登山者も出たのである。
私とすれ違った方々は大丈夫だったのでしょうか?

                    4:雲取山荘の話(1)・・・奴隷船状態

 毎年、11月3日前後は最後の紅葉を楽しむ人達で、雲取山周辺は大混雑する。山頂の避難小屋も満員。当然のこ
とながら周辺の山小屋も超満員になることが多い。昔の雲取山荘では1500人が一度に泊まったことがあると聞いた。
こうなると食事が大変なのもさることながら、寝るのも諦め、ぎゅう詰めの中、ただ横になって(上に向くこともままなら
ぬ)ひたすら朝が来るのを待つだけとなる。一度トイレにでも出ようものなら、戻ってきてももう寝るところはない!一
度、かみさんと泊まった時に「ふとんを敷き詰め、端からどんどん人を詰めて横に並べ、4人に一枚くらいの割で掛け布
団を掛けていく」・・・この作業にさすがのかみさんもびっくりしたらしい。危うく離ればなれになりそうであったが、なんと
か二人で隣どうしになれた・・・と喜んだのもつかの間、頭の上に他人の足があったり、かみさんのむこうの男が攻めて
来たり(?)で、防御(?)体制(体勢?)をしかねばならず、まんじりともしない一晩を送ったことがある。もちろん、お隣
りさんと密着しているので、汗はかくわ、息苦しいわでろくなことはない。この時期の休日はテントを持参することをお勧
めする。シュラフとカバーだけでもなんとか外で寝られる。
もちろん、泊まる方だけでなく、泊まらせる方も、大勢の登山客の食事の準備から、寝かせる作業までしなくてはなら
ないわけで、軟弱なスタッフではとても務まらない。超満員のこんなときこそ、ユーモアの一つも出して、少しでも登山
者の気持ちを和らげようとする・・・そんな機転のきくスタッフがいると、ふと、「我慢しちゃおうかな。」なんて思うことが
あるかも知れない。幸い、雲取山荘はこんな有能なスタッフに会えることがある。


                   5:雲取山荘の話(2)・・・ドラム缶風呂

 昭和54年頃、秩父の三峯神社から雲取山を目指した時のことである。三峯神社から白岩山へ向かう登山道を歩い
ていくと、まあ、ヘビが次から次へと出てきてまいったことがある。ひなたぼっこをするのによく日の当たる登山道が一
番いいらしい。丹沢の大室山でも似たようなことがあった。爬虫類に嫌悪の念を抱くのは、人類の遺伝子に太古の昔
の記憶が宿っているからだなんていう話もあるようだ。子供の頃、畑の真ん中の道を走っていると、両側から次々とヘ
ビが飛びかかってきて、頭のすぐ後ろをかすめていく夢をみたことがある。もちろん、怖くてすぐ目が覚めた。今でも覚
えているくらいだからすごい夢だった。母親が「ヘビの夢を見るとお金が手に入るよ。ただし、誰にもそのことを言わな
ければね!」と言っていたことを思い出す。今、貧乏なのはやはり口のせいだったのかな。話が脱線したが、とにかくヘ
ビを乗り越えて何とか雲取山荘に到着。時間が早かったので庭をぶらぶらしていると、オヤジが「こっちへ来い!」と言
うのでついて行くと、山荘の裏手にまわった。なんとなんとそこにドラム缶風呂があるではないか!言われるままに一
風呂浴びせてもらった。汗をかいた後の山の風呂というのは、これはもう至福の時以外の何ものでもない。ドラム缶風
呂のある暗い室内から窓越しに見る光に満ちた緑の世界。今でも脳裏にハッキリと焼き付いている。

                                     戻る